Story

事業紹介

01
萬屋本店MORE
02
The KAMAKURA WEDDINGMORE

想い

古い町並みを維持する鎌倉で
事業をしたい。それは
創業以来の宮腰の願いだった

古い町並みを維持する鎌倉で事業をしたいと創業以来の宮腰の願いだった。長い歴史と文化を今尚保持し、三方山に囲まれた自然豊かな鎌倉。しかしながら、そんな鎌倉にありながら、実際行われている結婚式は、本来の日本人が大切にすべき和文化を無視したかのようなシーサイドウエディングばかり。鎌倉にあって、本当にこれでいいのか?その疑問符と日本の美を追求したいという純粋な想いで、The KAMAKURA WEDDINGは始まった。「歴史的な建造物と自然が保持された場所のみをセレクトして結婚式をする」これが、宮腰が掲げたコンセプトだった。

悩み

本社を移転。横浜から鎌倉へ

そんな強気な宮腰であったが、事業の中心においていた横浜で閉めないといけない会場があった。売上の約半分を担う会場の閉鎖。鎌倉へのビジョンを描いてはいたが提携先はなし。土台となる足元に不安がよぎる。悩みに悩んだ。藁にもすがる思いで、一つ一つ縁をあたった。「鎌倉で事業をするなら、本社を移した方がいい」その一言で本社の移転も決めた。なんとか事業にしなきゃいけない、その一心だった。宮腰自身、経営者としてのあり方を責めながらも、鎌倉へ大きな舵が取られていった。

始まり

路面としての
ウエディングサロンを開設

まずはウエディングサロンを鎌倉にオープンすることを決めた。商品としてあるのは、今までこだわってきた結婚式のプロデュース力と、付帯商品のみ。作家先生によるオリジナルの陶器製品や、ペーパーアイテム関係。展示方法を何度も変えるがそう簡単には売上は上がらない。やれることは、かわいい物、鎌倉らしい和に特化した物を提供すれば、必ずニーズがあると信じることのみ。しかしながら、月日は無情にも過ぎていった。わずかな売上を残し、一年間の歳月が過ぎた頃、宮腰の十数年代の知人より辻堂にお店を構える隠れ里 車屋を紹介された。同時期に十二所にある鎌倉五大堂 明王院を別の方から紹介を受けた。鎌倉で事業をすると決めて一年間。ここにきてウエディングプロデュースがスタートしていく。

そして、今

縁が繋がっていくこと

鎌倉でのプロデュースが本格的にスタートしたのが2014年。ありがたいことにご縁をいただいた各所から懇意にしていただき、古都鎌倉ならではの婚礼が執り行われている。鎌倉五大堂 明王院では、待合いのためのテントをその日のために張ってくださり、または披露宴の一端として副住職による明王院や鎌倉の歴史などをゲストの方々に話をしてくださるなど、誠心誠意もてなしをしてくださっている。新郎新婦だけでなく、ご両親やゲストの方々がそのことに感動され、縁が繋がっていくことを感じる。そんな想いの深いところだからこそ、私たちは長く続けたいと思う。

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